テレワーク設備で勤務時間を書いた部屋にあるコンピューターを個人用のパソコンに戻してつれづれ書いてみる。
そもそもパソコンって
いろいろなところで書かれているからリンク張る必要もないけど多数のユーザが共有して使用していたコンピューターを個人(パーソナル)で自由に使えるようにしたコンピューターがパーソナル・コンピューター→パソコン・PCであるというのは歴史的な事実である。個人で使えるからパーソナルコンピュータと考えると定義的になんか違うんじゃないかともやもやすることがある。
で、ふとWindows 365のニュースを聞く中でクラウドPCと言っている響きを聞いてもやもやに小さな火がついた。
これって違うくねぇ?
クラウドを使うということは多数のユーザーが共有してコンピューターを使うということになる。そう考えると何らかの形で他人の影響を受けることになるので、クラウドとPersonalというのはそもそも相反するのではないだろうか。提供元がサービスやめれば終わりだし。
パソコンってこうだっけ?
GIGAスクール構想ではChromebookが受けてるようだが、Googleはこれを理想のパソコンと言っている。
けど、これパソコンなんだろうか。単なるWeb端末でしかないんじゃないだろうか。
多数のユーザーが共有しているWebサーバーに接続しないとほとんど何もできない時点で個人が自由に使うというところからは離れているのではないだろうか。回線つながらないと活用できないし。
運んだり寝っ転がって使うにはキーボード邪魔だし、キーボードとか使って何かを創造してもGoogleなど他人のところに置くことが主になるから置いたところの逆鱗に触れたら創造したものはあえなく消される。そこに個人はあるのかい。外部ストレージに退避したとしても結局Webの世界に戻すから元の木阿弥である。
そう考えてみるとChromebookって中途半端だなと思うのは自分だけだろうか。
それは違うって方、教えてください。
これもパソコンじゃね?
古いスマートフォンをネットワークに繋がずに、個人でリユースした話を書いたが、スマートフォンというCPUを持った機械で個人的なデータを個人的な領域に置いて楽しんでいる。個人で自由に使っているという意味ではクラウドPCとかWeb端末とかよりむしろパソコンに近いんじゃないだろうかと思う。
スマートフォンにせよ、タブレットにせよ、CPUを持った機械が個人的な領域で自由に個人の考えを形にするという様はネットワークに繋がないと何もできないパソコンの形をした機械よりパーソナル・コンピューターしているんではないかと思う。
個人を持つということ
今の世の中ネットでいろいろと便利で楽しいことができているわけで暮らし・頭・心を豊かにする上でネットは切っても切り離せなくなっているし、今更個人の殻の中に戻れなんていう気はない。けど、その中でも自分の大切なものは自分で持つことが重要なのではないだろうかとパーソナル・コンピューターってなんだろうと考えながら思った次第である。
お前が消えて喜ぶものにお前のオールを任せるなっと。